2013-08-08 15:33 | カテゴリ:日英文化比較
>>第1回から読む

イギリスの階級制度を説明するには、次の二つのことをあげると好都合です。

  まず、ひとつは、イギリスというと、日本では多くの人が、きまって口にすることがあります。 「イギリスは食事が不味いだろう」 です。そして、もうひとつは先週、38歳で引退を表明しました長年サッカー界の寵児でありましたデイビッド・ベッカムについてです。ご記憶でしょうか? 10年ほどまえ2002年に日本で開催されたサッカーのワールド・カップ以来、日本でも有名になったデイビッド・ベッカム選手が、当時、日本では  “貴公子” と、モテはやされました。

  この二つのことがが、実は、イギリスのクラス・システム、階級制度を説明するのには、お誂え向きでなのであります。

 「イギリスには、まだ “階級制度” が残っている」というと、大方の人は 「いやな国だね」 と言います。すぐに差別だとか、不平等だとか、話が難しい方向へすすんで、ひどく不愉快になる向きもいます。

 けれども、イギリスの社会に溶け込んで生活していくためには、このややこしくて、複雑なクラスシ・ステムの理解なくしては、住むことができないのです。

  おしなべてヨーロッパは今でも階級社会といえます。が、とりわけ階級色が強いフランスや、スペイン、イタリーと比べ、イギリスでは、だいぶ事情が異なるようです。もともとイギリスでは、1760年代に世界で最初の産業革命が始まり、沢山の工場労働者を生みだしてから、はっきりした階級制度ができあがって今日にいたっています。

 とりわけ日本人──敗戦後、日本を占領した連合国軍最高司令官のダグラス・マッカーサー元帥によってもたらされたアメリカの均質均等の社会、いわば、「どんぐりの背くらべ」 の社会で育ったわれわれには、この英国のクラス・システムを理解するのは、そう簡単なことではありません。

 日本では、階級制度のイメージというと、一般的に、かたや極貧にあえぐ下層階級、かたや優雅に贅沢のかぎりを尽くしている貴族などの上層の支配階級というふうに、深刻な社会問題の図式が浮かぶ。まさに、ミュージカル “マイフェアレディー” の舞台で繰り広げられた世界であります。

 けれども、それは日本の社会でも同じこと、20世紀前半の頃までの時代の話といえます。ところが、 “個” あるいは “個性” を大切にし、「他人と違うことに価値を置く」英国の市民社会では、今でも階級階層が違うと、それぞれ話す言葉も、日常生活の仕方や内容、食べ物の質や味にいたるまで、いわば、生活文化がはっきり異なるのであります。したがって、相手が話している言葉だけで、その人が生まれた地方、育った場所、家庭の暮らしむき、受けてきた教育、いままでたずさわってきた職業まで分かってしまうといわれています。

 逞しくシタタカなジョンブル魂に裏打ちされて、それぞれの階層がながい年月をかけて築きあげてきた、人真似ではない独自の文化と環境のなかで、おのおのが自信と誇りをもって生活をエンジョイしている結果です。

 したがって、戦後、日本で使われているアメリカ英語と、英国で話されている英語は、大きく違うのです。日本では、これを一様に “King’s English” といっておりますが、英国で話している言葉は、とても多様で、BBCのアナウンサーが喋っている言葉は、いわば standard English ではありますが、実際には、教養ある人々が喋っている言葉でもありません。 つまり、King’s English なるものは、とくに存在しないのです

 さきほどお話しましたサッカーのベッカム選手ですが、2002 年の当時、日本の女性ファンを熱狂的に魅了した人気者でした。日本ではテレビのコマーシャルでは引っ張りだこで、どの広告でも、二言、三言しゃべりましたが、ひどい “コクニー・アクセント” 、すなわち、ロンドンの東にある下町、ワーキング・クラスが住む地域の典型的な言葉が、 “コクニー・アクセント” です。 ミュージカルの “マイフェアレディ” の主人公のエライザが喋っていた強い下町訛りです。

 日本のメディアから “貴公子” とよばれても──ハンサムな貴族の子弟ではないことは、一目瞭然であります。これまで、ベッカム選手は巨額の報酬でスペインほか各国の一流チームにトレードされたスター・プレーヤーです。ロンドンの近郊にある城のような大きな館に住んでいますが、ベッカム選手も、アイドル歌手だった妻のヴィクトリアも、言葉も、身ぶりも、生活態度も、有名になる前と全く同じで、変えるつもりはありません。

 この国に長く住んでみてはじめて納得できたことですが、この誇り高い人びとの社会システムは、知れば知るほどフトコロが深い。英国に長く住んでいると、初めて会った人の顔をみて話をするだけで、その人の境遇やらバックグラウンドまでが、おおよそ、見当がつくようになるから、面白くて興味がつきません。

 誇り高いイギリスの人びとは、努力して成功し、生活レベルがあがり、居住環境がよくなっても、自分の過去や出身階層を隠そうとしたり、誤魔化したりしない。嘘がばれたときの不名誉が耐えられないとし、そんなバカげたことに不必要な精力や気を遣わないのです。逆に、成功した人々のなかには、自分の今は、Working Classの社会によって育てられたもので誇りに思う、などと語る人も多いのです。

 感心することには、イギリスの社会では、上層階級──王侯貴族や名門の “ジェントリー” とよばれる大地主など、いわゆる “アパー・クラス” 上流階級 (人口の約0.2%と、ざっと3万世帯とわずかですが ) と、それに続く “アパー・ミドル・クラス” 上層中流階級 (人口の約3% 約40万世帯) 、この二つ合わせて上層階級──とよびます。が、この人びとが、 “ワーキングクラス” 労働者階級など低い階層の人びとを、蔑んだり見下したりしない。一方、労働者階級に属しているといって自らを卑下したり、卑屈な態度をとる人も見かけません。クラスシステムといっても、昔のように、身分の上下を言うのではなく、いまでは単に生活文化や、生活態度、生活信条などの違いをいうのであります。

  実際には、イギリスの階級制度は、さらに細分化され、上流階級・中流階級・労働者階級が、それぞれ3階層に分割されて、合計9層あって、おのおのに特色があり、類別できるのです。

 英国の階級制度と比べ日本では、高度成長のあと、バブル経済を謳歌していた頃、 “国民総ミドルクラス” などといいました。均質均等の社会──「みんなで渡れば恐くない」 「高級ブランド嗜好・ひとまね」 などで象徴されるような、どこを切っても同じ顔がでてくる、いわば “金太郎飴” の生活文化であります。だから日本では、総ミドルクラスだと思っていることから、イギリスは、時代遅れの階級社会である、と一段低く見ることになったのです。

 イギリス人は、階級をこえて、生活信条として、明確な “個” あるいは “個性” をベースに、人それぞれが “comfortable” ──自分にいちばんあった 「居心地よさ」「気楽な満足」 「安らぎ」 を生涯にわたって大切にしているのです。このことは、イギリス人が “向上心がなく” “現状に満足して努力をしない” という日本的な発想とも異なる。それぞれが、自信を持って、自分の生き方にベストを尽くす、だから、いたずらに他人を羨んだり、ひと真似をしたり、ヤキモチをやくようなことがないのであります。

 日本の何事につけても、全国一律、みんなが一様に 「頑張って!」 「はい、頑張ります!」 という文化とは異なる。ですから、英語で “頑張る” という言葉にぴったりした訳語を見つけるのが難しい。辞書をひくと分かりますが…… “Do your best!” 「あなたのベストをつくせ!」 、すなわち努力するのも、人それぞれ様々なケース、ニュアンスがあるので、一括りにできないのです。

 このあたりの理由は、日本は農耕民族の子孫であり、イギリスは狩猟民族の子孫であったことに由来するともいえます。すなわち、農耕民族は、いわば、隣人のやっていることを真似をしていれば生きることができ、狩猟民族は、人と同じことをやっていたのでは食いはぐれてしまうのです。

  男女についても、狩猟民族は、より強い家系をつくるために、俺がわたしがと自己主張をし、自分の魅力を積極的に売り込まないと、すぐれた子孫を残すことができない。一方、農耕社会では、村落共同体で、人々の “和” が大切だったので、ひとと同じことをしていればよかったのです。

  このあたりに、日英の文化の差異があります。

 1997年にトニー・ブレアがひきいる新生労働党が政権をとってから、この階級システムに変化がおきました。若いニュー・リーダーが階級社会に挑戦したのです。若い世代の雇用機会の増設や、ベンチャー・ビジネスの環境作りを推進した。その結果、ITビジネスや、ベンチャー企業が盛んになり、若い世代の成功者たちが、何代にもわたって属していたワーキングクラスから抜け出し、ミドルクラスに移行したのです。

 1979年、マーガレット・サッチャーが政権をとったころ、国民全体の35% であった “ミドルクラス” が、ブレア政権の2期目に入った2001年には、50%をこえた ──過去100年間における最大の階級移動です。いま、ワーキングクラスは約40%あります。

 ところで、英国王室は歴史的に、国王の直系に王位継承者が途絶えると、血筋をたどって、ほかのヨーロッパ各国、とくにフランス・ドイツ・スペインの王族から国王を迎えました。

 さらに、国王と女王の配偶者のほとんどが、欧州の他の国から迎えいれた。そのたびに、貴族や従者、商人・職人など多くの人びととともに、大陸から文化が流入しました。食文化についても同様であります。

 だからイギリス料理とよばれるものの名をあげるのは難しい。あえてあげると、ローストビーフにベジタブルスープ、ヨークシャープディング。庶民の好きなフィッシュ・アンド・チップスなどがあります。けれどもローストビフーフといっても、単にオーブンで大きな牛肉の塊を焼くだけで、とりたてて英国の料理といえるものではなく、グレイビーが違ったり、ホースラディッシュやマスタードの使い方が多少異なるだけのことです。

 「イギリスでは食べ物が不味い」 と言う人には、美味いものを食べるためには、しかるべき 「場所」 と 「人」 を選ぶこと。階層により “食” の質と内容に天地ほどの差があることを知っておかなければなりません。

  あまり不味い不味いと言っていると、その人のイギリス滞在中の生活環境、すなわち、お里が知れるということになります──ことに、イギリスでは、日本からのパック旅行の観光客や、学者・留学生、中堅駐在員などには、一流の 「場」 で食事をする機会がまずない──フランスや、イタリーなどとは社会・文化の仕組みが異るのです。

 一方、英国の上層階級は、上等な食事で口は肥えています。けれども、たとえどんな不味いものを出されても、文句をいわずに黙って食べます。

 一般に北ヨーロッパの民族 (北欧、イギリス、ドイツ、スイス──副食に多量のジャガイモを食べる人びと) は、食べ物への執着心がうすい。 “人生は食べ物だけではない” との考えからです。

 しかしながら、南ヨーロッパ (南フランス、イタリー、スペインなど) の人びとは “food食べ物” と “drink 飲み物” が、人生最大の関心事です。食材も豊富で、どこで食べても美味いし、日本人の口にあう。 一流レストランは、もちろんのこと、片田舎の名もないヴィレッジの小さなレストランでも、けっして失望させられることがない。

 イギリスと違って、著しい格差や、当たりはずれがないのです。まさにクラスシステムの考え方の相違に根ざすものでありす。

 とくに、イギリスの上層階級は、大英帝国の最盛時、植民地の支配者として粗食に耐える習性が身についている。何世代にもわたってリーダー作りをしてきた全寮制の私立学校、パブリックスクールで、粗末な食事の厳しい訓練を受けてきたので、長期間、不味いものを食べさせられても、不服をいわない心構えができて、習慣になっているのです。

 ロンドンでも、コンノート・ホテルの最高水準の料理と雰囲気を誇るダイニングルームや、ハイド・パーク・ホテルにある “マルコ・ピエール” など、気軽に入れないレストランは、別としても、ケンジントン界隈には、ヴィクトリア時代からの由緒ある落ち着いた住宅街のコーナーなどには、洒落たレストランが数多くあります。

  どれもアングロ・フレンチやアングロ・イタリアンの味には定評があるものばかりです。これらは、付近の住民や常連の客が楽しむレストランで、トラベル・ガイドやレストラン・ガイドには出ていないものが多いのです。


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