2011-05-19 20:00 | カテゴリ:南條 孝の日記
ジャンル:株式・投資・マネー テーマ:マネー
南条です。

今回は、「金」での2回目の儲けです。

バブルの真っ最中に私も、銀行に脅されて、全国の大都市の不動産を買いあさりました。

1990年1月に中曽根内閣で自民党が歴史上、最も勝利した翌日、わたしは、

日経225先物10枚買いました。

少しして胸騒ぎを覚え、電話で先物10枚決済してくれ、と注文しました。

その後、何度も約定はと聞いたのですが、売り気配のまま、その日は終わりました。

1000円がストップ安です。

その後、博多のほうへ、銀行の支店長と不動産を求めて出張していましたら、

日経225の現物が1600以上下がっているのが、天神の電光掲示板に出ていて、

驚きました。

結局、日経225先物は10日間、ストップ安をつけて、10,000円安で寄り付き

ました。

私の損の値洗いは1億円になりました。

戻ったところで、10枚売りし、両建てで時間を稼ぎました

必至でうまく、両建てを外して、3,500万円の損金ですみました。

後で聞いた話ですが、その下げはソロモン・ブラザーズがしかけて、デリバティブで

200兆円も日本から、奪い去ったらしいです。

さて、「金」に戻りますが、バブルがはじけて、不良、不動産を沢山もった私は

銀行に毎月、3億円位、返済していました。

その時、表に出ないお金も沢山ありました。

丁度、その頃は国内の金利が高くて、特に、割引債(ウラ金の温床・無記名)の金利

が特に高く魅力的でした。

私はあちこちの割引債を沢山買いました。

割引債は1年なので、満期になるとそのお金を何かに替えなくてはなりません。

興銀などは「金」を窓口で売っていました。

また「金」の価格も1200円~1300円/gで丁度よい仕込みどきでした。

割引債が満期になると「金」に替えて、銀行の貸金庫の一番でかい、下のほうの

丈夫な貸金庫に貯めこんでいました。

また、オーム事件の後、位に、ドル/円が80円を割ったので、岡地(株)・商品取引

の会社・に1年先での値段で沢山、買い建てをしました。

その間に、株や商売で儲けておいて、全部、現引きしました。

以前と同じ感覚で「金」はないものとして、計算していました。

何年もたってから、「金」が、また2500円/g以上になっていましたので、

300円/g~500円/g上がると、売り上がっています。

でも、今回は、アメリカでは市場最高値をつけているのに、日本は前の高値、

6200円/g位どころか4200円/gぐらいでなかなか上がりません。

為替が前の半値、80円位のドル安なので、悔しいです。

今回はその分、ゆっくり売ってやろうという気になります。



と、まあ、「金」は、2回とれたので相性がいいのでは。

経験上、「金の上昇の周期は30年ではないか」、と自分で考えております。











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